住み込みに関する質問
16歳で住み込みの仕事・・・
。家庭の事情により、住み込みで働いて貯金をしたいと思っています。そこで、1.16歳でも住み込み可能な職場はどのようなところがあるのか2.その職場はどういったところで探せばよいのか3.住み込みで働きながら通信制の高校
沖縄住み込みバイト
沖縄で住み込みバイトを探しているんですが、良い住み込みバイト先を教えてください
住み込みで働きたい
住み込みで働きたいんですが段取りがよくわかりません、現実で住み込みで働いていたことある人経験を教えてください1)あなたが働いてるシゴトの業界は?2)賃料はいくらですか?3)始めに払うお金はいくらかかりました
ペット同伴での、住み込みの仕事ってあるのでしょうか?宜しかったら教え
僕は今、タイトルでも述べているようにペット同伴での住み込みの仕事を探しています。例えば山小屋の仕事等は、犬などを連れてっても働かせてくれるのでしょうか?職種は問いませんので、もしよかったら教えて下さい。おねがいします。
沖縄県、周辺の離島での住み込みでの仕事
当方は関東在住のものですが、沖縄県かその周辺の離島(石垣島)での住み込みの長期アルバイトを探しているのですが、即日から、などの住み込み情報を探しても、あまりすぐには見つかりません。リゾートバイトなどの派遣で検索したらありました。しかし
住み込み旅行記
マニラチック・マニラ 、パスポート置き忘れ事件のその後・・の出来事(by kioさん)
マニラの空港に向かうタクシー内に置き忘れたパスポート捜索に尽力してくれたダニーやその彼女を伴って慰労を兼ねてその夜、マニラ市内の日本レストランに向かった。日本でもっとも有名な山の名前を屋号にした店は現地の人達で埋まっていた。
我々が席に着き、しばらくすると店の主人と思われる、シンガーの上条恒彦に風貌も身体つきもソックリの顔半分が髭だらけの日本人が何故か我々のテーブルに挨拶に来た。
「いらっしゃいませ! ゆっくりしていってください,,,,ところで今日はどうされましたか?」何となく妙に引っ掛かるような違和感のある物言いで私に語りかける。この店に来るのは初めてだったのに、妙な尋ね方をするなぁと感じた。
「パスポート、現金を今朝、空港に向かうタクシー内に置き忘れ、ここに居る彼等の尽力のお陰で即日パスポートが見つかって、慰労を兼ねて皆で食事に来たところです」
「えっ!!それはもうほとんど奇跡ですよ・・マニラでは有り得ない話です。新聞ネタになっても可笑しくない程の話ですよ」上条恒彦氏は目を丸くして驚いた風情をしてみせながらチラリとダニーの方を見た。
程よく食事を摂り、勘定を済ませようとした時、上条恒彦氏が再び私の前に現れた。
私に店の名前を冠した名刺を渡しながら云う。
「私の自宅はケソンシティですが良かったら是非、遊びに来て下さいよ」
たった一度だけ店を訪れただけなのに、妙な話の展開に一瞬、この男はもしやゲイかと思わず警戒した。長い旅を続けているうちに妙に思いも寄らぬ、アテンドを受けると警戒してしまうのが習い性になっていた。しかしマニラ生活にスレていない何処となく人柄の良さを感じさせる態度、物腰に私はマスターの招待を受けさせて貰おうと思った。風来坊で拘束の無い日々を送る好奇心に満ち溢れていた私は、マニラで日本料理店を経営する邦人が彼の地でどんな家に住み、どんな暮らしをしているのかとても興味深かった事もある。明日、友人を伴って伺っても良いかと問うと、昼飯を我が家で摂ってくれとまで云ってくれた。
翌日、YMCAに同宿していて、その朝、成り行きから幽体離脱事件の検証に関わってくれたI君を伴い、ジープニーを何台か乗り継ぎながら隣都市のケソンシティに向かった。
マスターの住いは住宅街の中にあった。リハウスで購入したと云う二階建ての一戸建てだった。室内には涼しげな籐製の南国風の家具がふんだんに使われていた。
居間の天井にはプロペラ式の扇風機がゆっくりと廻っている。
我々はマスターに勧められるまま籐製の椅子に腰掛けて居ると、住み込みで二人居るという二十歳前後と思われるメイドの一人が冷えたサン・ミゲールをグラスに注いでくれる。
「なんか~いいっすよねえ・・・」I君が感に堪えぬような口調で云う。
それは私も同感だった。マスターによれば、住み込みのメイドには一人、邦貨換算で月に三千円程を給金として渡しているという。
私とI君がほぼ同時に叫んだ。「ひえ~~~たった三千円ですか?!」
マスターの言に寄ればそれでも住み込みなら少ない方ではないと言う。
吝嗇家の華僑の屋敷で住み込んでいるメイドは邦貨換算で2000円程しか貰えないという。
彼女達はマニラから遠く離れた島から出稼ぎに来ては、健気にもその給金の大部分を実家に送金しているという話を聞かされた。
このマスターがフィリピンへ渡るまでの話はとても興味深かった。
静岡の有名な漁港出身のマスターが、所用で東京に出てきた時に、外人から道を尋ねられて、どうにも応対すら出来ずに英語の必要性を強く感じたという。一念発起してカナダのモントリオールの大学に語学留学で渡ったのが29歳の時だった。その時に出逢った香港出身の留学生のツテも在って香港に日本レストランを出すキッカケになる。やがて香港で出逢ったフィリピン人と恋愛し、香港の店をたたんで彼女と一緒にマニラに出る決意をする。フィリピンで邦人が個人事業を興す時は共同経営者がフィリピン人でなければ認可されないという。配偶者となった今の奥さんを共同経営者に据えて日本レストランを経営するに至ったという。その奥さんは華やかで明るい笑顔がこぼれるような美しい人だった。
歳は10歳違うらしい。マスターの話を聞き終えた私とI君は再びほぼ同時に叫ぶ。
「なんか~いいっすよねえ・・・」
奥さんが作ってくれたのか、お手伝いさんが作ってくれたのか、我々の前にはサラダ添えとコンビーフをまぶしたパスタが運ばれてきた。ちょっぴりソルティで美味しかった。
私はサリサリストアと呼ばれる雑貨屋でファーストフードとして出されるコンビーフ・チャーハンも好物だった所為もあり、コンビーフ・スパゲッティも美味しく頂いた。
「ところで・・・」と、マスターが曰く有り気な口調で私の方に向き直って云う。
「昨日、あなたと一緒に店に来ていた男・・・どういう経緯でアナタと出会ったか知らないけどあまり近づかない方がいいみたいですよ」
「へっ?? それはどう云うことですか?」
「店に居る私の片腕にもなっている裏社会にも通じている男からの情報だけど、性質<たち>の良くない男らしい。最近、ガイド業を始めたらしいけど、あまり評判が良くない。昨夜、あなたを伴って店に入ってきて、すぐに私に報告してくれたので、若い堅気のような、あなたのテーブルに様子見で窺ってみたんですよ」 昨夜のマスターの妙な振舞いと口調の合点がいった。マスターは配慮してくれたのだった。
更にフィリピンは徹底した口コミ社会だとも云った。あらゆる情報が即時に流れるという。
しかし・・と私は思うのだ。 たとえそうだとしても、ルネタ・パークで彼と出逢って居なければ、彼の尽力なくして即日のうちにパスポートが自分の元に戻ってくるということは間違いなく無かったはずである。あの時、タクシー会社を後にしてから、私のパスポートを届けてくれた運転手宅に百ドルの現金を報酬として私の代理で渡しに行くと称して、一緒に運転手に挨拶に行きたい私を車内に押しとどめたものである。彼がその金を自分の懐に入れたであろうという事も当たり前に推測できた。一日中、骨を折ってくれた報酬として彼に出す積りでいたから黙って見過ごした。その所為か、彼は私に一切のチップや金品をを要求してこなかった。
マスター宅を後にする道すがら、I君が私に呟く。
「なんだか~とてつもなくマニラチックな話だよな~」
私は深く頷きながら彼の云うマニラチックという言葉を何度も反芻してみた。
マニラチック、、マニラチックなマニラ、、マニラチックマニラ、
反芻しているうちに不思議な可笑しさが私の中で込み上げてきた。
終わり
【旅行時期】1979/02/~1980/01/
【エリア】
マニラ
【テーマ】
【投稿者】
kio
山(by ぶちさん)
カンボジアへの旅行資金をためるためにとある山へ住み込みの
バイトへ。
もともと登山好きな親につれられて、小さい頃から登山にいっていた。
そこで山小屋で働く人を見て、なんとなく山で働いてみたいなーと思い、資金調達も兼ねて、今年の夏は山小屋へ。
すごくいい経験をした思い出の場所です。
2008年スキー(戸狩温泉・野沢温泉・志賀高原)(by red-nontaさん)
毎年2~3回は長野県の戸狩温泉スキー場へ足を運んでおり、子供のころから親に連れられ戸狩ばっかり行っているred-nontaは、冬になるとど~しても戸狩に行きたくなってしまう。
子供のころから、「Y荘」という民宿に泊まり続け、スキーブームだった高校~学生時代はここで住み込みバイトもやっていたぐらい、戸狩は私にとって第2の故郷みたいな場所。
現在「Y荘」は高齢化で民宿を閉店しちゃいましたが、今は「Y荘」の近所の「R」という宿に通いつづけております。
(宿の名前は内緒!)
ダンナもバリバリのスキーヤーなので、結婚前も結婚後も強制的に戸狩へ連行中(笑)。
20歳代前半までは休憩はほとんどせずにスキーをしまくりでしたが、25歳を過ぎた頃から、昼休みが約3時間なり、スキーしている時間より、休憩しながら酒を飲んでいる時間の方が長くなってしまいました。
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今シーズンは
1回目(2/14~2/17)
2/14 夕方出発
2/15 戸狩温泉でスキー
2/16 戸狩温泉でスキー
2/17 帰宅
2回目(3/6~3/10)
3/6 夕方出発
3/7 戸狩温泉でスキー
3/8 戸狩温泉でスキー 夜は戸狩50周年イベント見物
3/9 志賀高原(焼額山)でスキー
3/10 帰宅
3回目(3/19~3/22)
3/19 夕方出発
3/20 野沢温泉でスキー
3/21 志賀高原(焼額山)でスキー
3/22 帰宅
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宿泊先は全日とも戸狩温泉のいつもの宿
到着初日は夜着朝食付で1人2500円
宿泊料金 1泊2食付税込1人5500円(休前日のみ1000円UP)
お部屋は和室で2名一室でバストイレ付(ユニット)
で泊めさせていただいております。
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今シーズンは、ダンナがスキー板をおNEWにしたので、
例年よりもまじめにスキーしました。
《ジュライホテルの終焉》(by みどりのくつしたさん)
1995年秋、バンコクの有名な日本人宿「ジュライホテル」が閉館したという情報が入った。
僕も世界一周旅行の途中、オーストラリアからインドネシアのチモール島へ入り、島を伝ってシンガポールへ船で入国し、マレー半島伝いにバンコクへ鉄道で入った時(あー、疲れた)、このホテルに泊まったことがある。
ジュライホテルの名前はバンコクの日本人宿として世界中で有名だったからね。
それは4月の初め、ちょうど春休みの終わり頃で、ホテルは日本人で満員。泊まるのにもいろいろとテクニックを使って無理やり潜り込んだ(このテクニックについてはいずれ話すこともあるだろう)。
夕方、ホテルの前の屋台でタイ風ヌードルを食いながら耳をすませていると、宿泊者の日本人諸君が、世界各地のいろんな話をしている。
そこで、アフリカの話をしているテーブルに行って「僕、アフリカから来たんです」と言うと、みんな急にシーンとする。
中南米の3C(コスタリカ・コロンビア・チリの女の子の話)で盛り上がっている人の中に「僕がブラジルにいた時は」と割って入ると、話題を変えられてしまう。
さらには「マレー半島を下ってシンガポールへ行くつもりだ」という若者に「シンガポールは物価が高いですが、僕が泊まったホテルは安くてきれいで」と情報を与えようとすると、彼は走って逃げだした。
そこで、彼を追いかけて耳元でホテルの名前を叫ぶと、ばたんと倒れてけいれんして泡をふいてしまった。(これはちょっと作ってると思った人、君は正しい。でも、大体こういうふうだったんだからいいじゃないか)
「アレレ、ひょっとして僕の口は臭いのかしらん」と真剣に悩んだものだ。
しかし、いろんな人に後で聞くと、僕の口が臭いのではなくて僕の発言がいけなかったらしい。
ジュライホテルでは「自分が実際にそこへ行った」という話はタブーだったんだ。
このホテルに長期に滞在している常連宿泊者は、実際に旅行した人から本当の旅行の話を聞くと急に悪い病気になるらしかった。
このホテルは日本人だらけだが、その連中は旅行者ではなかった。
つまり日本を出てバンコクに着いて、それで根性を使い果たし、ホテルにいるだけで聞きかじった旅の噂だけを暗記して、旅行を始めたばかりの学生相手に受け売りのいいかげんな「旅の話」を聞かせては偉ぶっていたんだ。
学生もすぐに人の話を信じる単純なタイプがここに集まるらしく、それぞれ集団を作って陰湿な派閥抗争をしていた。
しかし、バンコクで女を買いドラッグをやるためだけにここに長期滞在しているのだから、そちらの方は非常に詳しかった
僕が別の機会にバンコク経由で(この時は外国人旅行者の多いカオサンに泊まった)カンボジアのアンコールワットに行った時、空港で出会ったのがジュライに泊まっていた若者だ。
彼はジュライでいろいろ話を聞いていたせいか、なかなかカンボジアのことに詳しかったが、実際に行くと、プノンペンの売春婦が5ドルという以外の情報は間違っていた。
このことからもジュライ滞在者から仕入れた情報は信用出来ないと確認できたわけだ。
以前TBSテレビが「報道特集」でこのジュライホテルに泊まっている日本人の実態みたいなものをおどろおどろしくレポートしたことがあるけど、その大げさなことにはびっくりしたね。
ジュライホテルにカメラを入れて「水シャワーしかないひどい部屋です」なんて言ってるんだけれど、ジュライホテルは部屋は広いしシャワーもトイレも付いてる、バンコクの安宿の中では、なかなか設備のいいところだったんだからさ。
TBSもジュライホテルに泊まる連中の大げさな話に騙されたのかもしれないね。
これから引き出される教訓はと言うと、まあ、あんまりないけれどさ、「いかにも旅行通っぽい人の話を信じてはいけない」てことかな。
これから春休みになって、日本人学生の若者は世界中あちらこちらで恥をかくために旅行する。
で、世界中どこにでもかならず日本人の集まる宿(これがいわゆる日本人宿だ)があって、そこには世界中の旅行談をしゃべりまくる人間がいるものだ。
忠告!
でも、決して信じてはいけない。
話を聞く時は「それはいつ行った時の話ですか?」と確かめること。
こう突っ込まれると「いやあ僕の友達が行ったんだけどね」と返事が戻ることになっている。
中には、ただ旅行初心者に大きな顔をして自慢するためだけに日本人宿に泊まっている自称「旅のベテラン」もいる。
正直な話をするとさ、実はいわゆる日本人長期旅行者の90パーセントは嘘つきなんだよ(おいおい、危ないこと言っちゃったよ!)。
ところで、バンコクで女と薬をやりたい人はジュライがなくても絶望しなくていい。
近くの楽宮に泊まれば住み込みの売春婦もいて、すべては解決だ(僕は決して勧めているんじゃない。そこわかってね)。
(スーパーニューズマガジン「GON!」1996年3月号掲載)
kenichiro.nishimoto(c)1996
「みどりのくつした氏とは」
ポカラのスルジェ、イスタンブールのモーラ、ナイロビのリバーハウス、クスコの花田、サンチアゴの五月女、LAのホテル加宝、等々、世界中の有名な日本人宿を観察したチョー百カ国世界旅行者。世界旅行者協会会長。
【写真】ジュライホテル
【旅行哲学】人はなくなったものを懐かしみ伝説が広まるが、現実はたいしたものじゃない。
ウメ奥飛騨へ(by ウメさん)
奥飛騨温泉郷の旅館で住み込みのバイトをしました。
【旅行時期】2003/09/26~2003/11/04
【エリア】
新穂高温泉
【テーマ】
【投稿者】
ウメ
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